去年の夏頃から闘病生活をしていた
飼い猫のりょうが永眠して今日で49日。

彼は、私の実家で生まれてから
ほぼ今まで、ずっと私と共に生活をしてきました。

元気な時には、存在が当たり前のように過ごし、
病院通いになるまでは、
彼が不在になってしまう事が、
まだまだ、先の出来事だと思ってました。

闘病途中、奇跡の回復も見せたので
もしかして後、5年はイケるかな・・・
なーんて過度な期待をしてみたり
(りょう、当時16歳と10ヶ月)入院中は看護婦さんにちやほやして貰えたらしく
リラックスして過ごし、食事もおいしく食べていた様子。
治療中は、先生に文句は言うものの、
態度は協力的だったそう。

でも、お別れは必ず来てしまうものなのね。
病院の先生も最後、
「つよくてやさしいねこちゃんだった。」
と、涙ぐみながら治療中の彼の様子を語ってくれました。
3ヶ月間、入退院、通院をくり返し
いつも親身になって診てくれていた先生達。
感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にお世話になりました。

今日で、49日経ちますが、
彼は、いつも過ごしていたお気に入りの場所にいます。

生前、気配を消して過ごしている事が多いねこだったので
不在の今でも油断して生活していると
ついつい、心の中はこんな状況・・・

ふっと、そーいえば・・と彼の存在を確認する為、
ソファーに目をやる行為は日常でした。
今もそのクセは続き、視界に入る今の彼の姿を見て
現実に戻されてしまう。そして、そのくり返し。

その時、悲しさがこみ上げてきそうになったら
猫好きの相方からプレゼントしてもらった
りょうの写真集をめくります!

じんわりこみ上げて来る寂しさは後に引いてしまうので、
この写真集を見て、気が済むまで号泣。
以前は、寂しさや悲しさに怯えていた私ですが、
それに向き合う勇気を猫好きの相方がくれたので大丈夫!
時間と共に少しずつ心が落ち着いていく中、
悲しい感情と向きってみると、彼が存在していた事を
強く感じる事が出来るので、それはそれで
怖がる感情では無いんだと知る事が出来ました。
あまり手のかかるコでは無かったので、
大幅に生活が変わらなかった、という事実に
本当に聞き分けが良く話のわかる猫だったと実感してます。
16年以上、猫と過ごした私に
「あなたは猫は飼えない」と言い切る猫好きの相方。
そーかもしれない。
17年近く、猫という自由な生き物なのに
私に合わせて、生きてくれたりょう。
共に過ごせて幸せでした。ありがとう。
きっと、また縁があるならば、
私に合わせられるコが、
私を訪れてくれるかもしれない。
いや、もしかしたら
猫好きの相方が、それを許してくれないかも・・
笑でも、待ってるね♫
最後に、
彼の旅立ちに、可愛いお花を添えてくれた
月下陶房あやさんに厚く御礼申し上げます。
何度も何度も救われる思い。
りょうを慕って、語ってくれてありがとう。
ネココイ りょうくんの場合りょうくんの飲み方
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